「タキ38002(根岸)」
<タキ38000概略>
タキ38000は、タキ40000をベースとしタンク体を縮小し荷重を36t積に減らして軸重制限を受けないようにした新標準タンク車として開発されました。
しかし荷重43t積のタキ43000の保安対策車が量産される結果となり、タキ9900やタキ35000を駆逐するまでには至らず生産両数は140両で終了し、石油輸送の専用貨物列車として、タキ9900や35000、43000などと混結され運用されていました。
「99年ごろ、宇都宮線の石油貨物(ヒガハス)」
「前方を拡大」
EF65の赤プレにけん引され、1両目がタキ40000、続いてタキ35000、3,4両目がタキ38000と続きます。そのあとの5両目には黒いOTのタキ35000、また帯入りの青いタキ1000が懐かしいですね。
こんな感じで編成例は意外と何とでも連結していた感じです。
<東武貨物>
東武の北館林行き石油貨物は軸重が重い43000は入れず、99年ころはもっぱら9900、35000と共に38000が運用されていました。
「ED5060重連に続き、タキ38111、タキ38094、タキ38063と続く」
「上の写真の振り向き」
「北舘林〜渡瀬」
「渡瀬駅停車中」
機関車次位にはタキ9900が、続いてタキ35000が4両、タキ38000が3両と続きます。
「久喜駅」
「最終北館林行き」
最後の北館林行きは機関車さよならイベントで使われた6両のタキ38000となりました。
使われたのは38091,100,118,127,135とあと1両不明です(ご存じの方、教えてください→追記:コメント欄で判明しました!ありがとうございます!)
<米タン>
それまでタキ35000で運用されていた横田基地向けのジェット燃料輸送、いわゆる米タンはタキ38000の13両編成へ置き換えられました。
「安善駅」
「浜川崎を発車する米タン編成」
<震災緊急石油輸送>
しかし、米タンでの活躍もあまり長くなく早々にタキ1000の12両編成へと置き換えられ、そのまま終焉かと思われた2011年、震災により仙台北港からの発送が出来なくなり、ガソリン不足となっていた東北地方へ根岸発上越線〜日本海縦貫線〜青森経由盛岡行きの緊急石油輸送にの荷重が軽いため軸重制限を受けないというマイナス面だった特徴を生かして、タキ38000が充当されることになりました。
当時、バラバラになりわずかに残った内の36両が文字通りかき集められ18両編成2本に仕立てられ、震災発生の7日後2011年3月18日から驚異的なスピードでこの前例のない難しい輸送を成し遂げました。
追ってタキ1000の入線確認も行われ第3便からはタキ1000も充当され、その後はタキ38000とタキ1000の混成編成でのピストン輸送が行われたのでした。
<タキ38000いろいろ>
ということで、地味で両数も少ないガソリン専用車のタキ38000の撮り貯めた写真です。
「タキ38007 米タン(安善)」
「タキ38019(郡山)」
常備駅にうっすらと名の字が見えるので、その前は名古屋南港あたりかな?
「タキ38034(郡山)」
タキ43000OT車と連結してました
「同 ハッチ回り」
「タキ38041(久喜)」
「タキ38051 米タン(安善)」
「タキ38060 米タン(安善)」
「タキ38067(根岸)2006年」
「同 米タン(安善)2010年」
「同 鏡板」
「タキ38111 米タン」
東武貨物でも撮っていた番号ですね
「タキ38134 東武貨物(渡瀬)」
最後にタキ38000のベースとなったタキ40000です
外見で目立つタキ38000との違いは、社名板の位置が低く、タンク上部あゆみ板の補強が長いく、タンク上部手すり下の立っている板の形もだいぶ違います。
こうやって見ると結構外見差があるものですが、タンク体の大きさは写真でパッと見ただけではあまりわかりませんね。
https://www.youtube.com/watch?v=Ia1-DqheCMY
北館林を出発する返送のタキ38000編成のようですが映像を見たところ
ED+ED+100+118+090+091+127+135のようですね。